2009年12月10日

仏舎利の真贋

なお、仏舎利は、釈迦の遺骨・灰塵である真性の仏舎利のほか、宝石等による代替仏舎利が、時を経るごとに混乱し

て真・代いずれが何処の寺院に奉納されているのかが不明瞭になっている。そのため後年スリランカ政府が実態を調

査し、回収可能なものは回収するなどして管理している。現在スリランカ政府は「仏舎利は金銭(布施)による取引

で贈与することはなく、奉戴するに相応しい寺院団体を審査のうえで選出し、贈与している」としている。

但し現在(21世紀初頭において)、世界に現存する「仏舎利」と称するものの乾重量を合計すると、ほぼ2トンに達す

るといわれる。これらがすべて釈迦の遺骨であるとすれば、彼はインドゾウに近い体型であったろうと言われる。

日本への仏教伝来は538年とも552年とも伝えられており、このとき仏像や経典が渡来したとあるが、舎利についての

記述はない。

『日本書紀』には、推古元年正月15日(西暦593年)に、「仏の舎利を以て、法興寺の刹の柱の礎の中に置く」とあ

る。 1956年、飛鳥寺周辺の発掘調査により、法興寺(または元輿寺)の遺構が現れた。そして今は失われた仏塔の

芯礎から、木箱に収められた舎利容器が発見された。舎利は593年に芯礎に安置されたが、完成した仏塔は1196年に

落雷のため焼失した。舎利は翌年いったん掘り出され、新しい舎利容器と木箱に入れて、ふたたび芯礎部分に埋めた

ものという。

飛鳥時代には法興寺、斑鳩寺(現在の法隆寺)、現在の四天王寺など、立派な仏塔を備えた寺院が建立されているが

、これらの仏塔は仏舎利を祭るものである。

『日本書紀』はまた、推古30年7月(西暦623年)に新羅の真平王が仏像・金塔・舎利などを贈ってきたとある。この

舎利は四天王寺に収められたとされている。

初期仏教では仏法(教え)を貴び、またインドの慣習儀礼に基づき像を造ることがなかったので、仏舎利が唯一具体

的な形を持った信仰対象となっていた。しかし日本へ伝来したときは最初から仏像があったので、仏舎利とそれを祭

る仏塔は必ずしも信仰の中心ではなかった。

754年に鑑真が仏舎利を携えて来日しているが、806年に空海らが真言密教とともに大量の仏舎利を持ち帰った。以降

、日本において仏舎利信仰が再燃し、仏塔だけでなく舎利容器に収めたものを室内でも礼拝するようになる。

江戸時代の鎖国、明治の廃仏毀釈などで海外との交流は途絶えるが、明治末期の1900年以降、スリランカ、タイなど

の上座部仏教圏との交流から仏舎利を贈与された例がいくつかある。

第二次世界大戦後、熊本市花岡山、静岡県御殿場市平和公園など日本各地にインドのネルー首相から仏舎利が贈与さ

れ、ドーム様の仏舎利塔が多数建立された。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
静岡県御殿場市にある仏舎利塔が大変有名ですね。

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